RISC-V Vector ExtensionがAI推論を加速!オープンアーキテクチャの新たな地平

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RISC-V Vector ExtensionがAI推論を加速!オープンアーキテクチャの新たな地平

ニュース要点

近年、AI/MLワークロードの処理は、データセンターからエッジデバイスに至るまで、あらゆる場所で求められています。特にディープラーニングモデルの実行(推論)は、膨大な行列演算を伴うため、高性能な並列処理能力が不可欠です。この状況において、オープンソースの命令セットアーキテクチャ(ISA)であるRISC-Vに「Vector Extension (RVV)」が標準化されたことは、AI推論の未来に大きな変革をもたらす可能性を秘めています。RVVは、既存の高性能AIアクセラレータに匹敵する、あるいはそれを超える電力効率と柔軟性を提供し、特定のベンダーに依存しないオープンなAIハードウェアエコシステムの構築を強力に後押しすると期待されています。

技術的背景

事実:RISC-VとAIの出会い

  • RISC-Vの台頭: RISC-Vは、完全にオープンでロイヤリティフリーなISAとして、近年急速に普及しています。そのモジュール性と拡張性の高さから、組み込みシステム、IoTデバイス、HPC、そしてAI/ML領域での採用が世界中で進んでいます。
  • AI推論の計算要求: ディープラーニングモデルの推論フェーズでは、主に畳み込み演算(Convolution)や全結合層(Fully Connected Layer)といった行列積(GEMM)が中心となります。これらの演算は、大量のデータに対する「単一命令、複数データ(SIMD)」処理に非常に適しており、高性能なAIチップでは通常、大規模なSIMDユニットやベクトルプロセッサが搭載されています。
  • ベクトル処理の必然性: GPUがAI処理で成功を収めた主要な理由の一つは、その並列計算能力、特にベクトル処理(SIMD)に長けている点にあります。AIモデルの効率的な実行には、CPUのようなスカラ処理だけでは限界があり、ベクトル命令によるデータ並列処理が不可欠です。
  • RVVの登場: このような背景から、RISC-V財団は、スケーラブルなベクトル処理能力をRISC-V ISAに追加する「Vector Extension (RVV)」を標準化しました。これにより、RISC-Vプロセッサでも、AI推論に最適化された高性能な並列演算が可能となります。

RVVとAI推論の仕組み

RVVは、AI推論に必要なベクトル演算を効率的に実行するための様々な特徴を備えています。

事実:RVVの主要な特徴

  • スケーラブルベクトルプログラミングモデル: RVVの最大の特徴は、ハードウェアの実装に依存しない「スケーラブル」なベクトル長です。プログラムは抽象的なベクトル長(VL)を操作し、実際のハードウェアが持つ物理的なベクトルレジスタ長(VLEN)に合わせて、自動的に処理が分割されます。これにより、異なるRVV実装を持つチップ間で、ソフトウェアの再コンパイルなしに高いポータビリティとスケーラビリティが実現されます。
  • 柔軟なデータ型サポート: AI推論では、モデルの量子化により、8ビット整数(int8)、16ビット浮動小数点数(bfloat16, fp16)などの低精度データ型が多用されます。RVVはこれらのデータ型を効率的に扱うための命令セットを備えており、メモリ帯域幅や計算リソースを節約し、電力効率を高めます。
  • 豊富な演算命令: ベクトルロード/ストア、ベクトル間の算術演算(加算、乗算、論理演算)、積和演算(MAC: Multiply-Accumulate)、リダクション、コンプレッション/エクスパンションなど、AI推論に必要な幅広いベクトル命令を提供します。

事実:AI推論でのRVVの利用

AI推論の核となる畳み込みニューラルネットワーク(CNN)やトランスフォーマーモデルは、大規模な行列積や畳み込み演算で構成されます。RVVはこれらの演算を以下のように高速化します。

  1. 行列積(GEMM): ディープラーニングの基本演算である行列積は、RVVの積和演算(MAC)命令を駆使することで、高いスループットで実行されます。特に、量子化されたint8のようなデータ型では、複数の積和演算を並列で実行し、累積結果をより広いレジスタ幅(例:int32)で保持することが可能です。
  2. 畳み込み演算: 畳み込みは、im2col変換とGEMMの組み合わせ、または直接的な畳み込みアルゴリズムによってRVVで高速化されます。各フィルターの重みと入力特徴マップの対応する領域に対する積和演算をベクトル命令で効率的に処理します。
  3. データパス: モデルのパラメータや入力データはメモリからベクトルレジスタにロードされ、RVVユニットで並列に演算された後、結果が再びメモリにストアされます。このデータフロー全体が、RVV命令によって最適化されます。

プロジェクト/技術の構成とデータフロー (mermaid図)

graph TD
    subgraph AI推論ワークフロー
        A["AIモデル (例: TensorFlow Lite, ONNX)"] --> B{"推論エンジン"};
        B --> C["量子化/最適化"];
        C --> D["RISC-V向けコンパイラ/ライブラリ"];
    end

    subgraph RISC-V Vector ハードウェア
        E["RISC-V CPUコア"] -- スカラ演算 --> F["共有L1キャッシュ"];
        F -- データ転送 --> G["RISC-V Vector Extension Unit (RVV)"];
        G -- ベクトル演算 --> H["Vector Registers"];
        H -- データ転送 --> F;
    end

    subgraph RVVによるAI推論データフロー
        I["モデル重み/入力データ (DDR/L2)"] --> J["メモリコントローラ"];
        J --> F;
        F -- ベクトルロード命令 --> H;
        H -- RVV演算 (例: vmac.vv) --> H;
        H -- ベクトルストア命令 --> F;
        F --> J;
        J --> K["推論結果 (DDR/L2)"];
    end

    D -- RVV命令生成 --> E;
    E -- RVV命令発行 --> G;
    G -- 演算結果 --> E;

図の解説: AI推論ワークフローでは、まずAIモデルが推論エンジンによって解釈され、RISC-V向けのコンパイラやライブラリを通じてRVV命令に変換されます。 RISC-V Vector ハードウェアでは、CPUコアがスカラ演算とRVVユニットへの命令発行を担当し、RVVユニットは専用のベクトルレジスタで並列ベクトル演算を実行します。 RVVによるAI推論データフローでは、モデルの重みや入力データが外部メモリからL1キャッシュを経由してRVVユニットのベクトルレジスタにロードされ、RVV命令によって高速に演算された後、結果が再びメモリへとストアされます。

インパクト

事実:現在の影響

  • オープンソースエコシステムの強化: RVVの標準化により、RISC-V向けのコンパイラ(LLVM/GCC)、OS(Linux)、ライブラリ(BLAS/DNN)の開発が加速しています。これにより、特定のベンダーに縛られないAIソフトウェアスタックが成熟しつつあります。
  • 特定ベンダー依存からの脱却: NVIDIAのCUDAのようなプロプライエタリなプラットフォームに代わる、オープンで柔軟な選択肢を提供します。これにより、ハードウェアベンダーは自身のニーズに最適化されたAIアクセラレータを、ISAレベルから自由に設計できるようになります。
  • 電力効率の向上: RVVはAI推論に特化した命令を効率的に実行できるため、汎用CPUと比較して高い電力効率を実現します。特にエッジAIデバイスなど、電力制約の厳しい環境での適用が期待されます。

推測/評価:今後の潜在的影響

  • AIハードウェア競争の激化: 参入障壁が低くなることで、新規ベンダーがRISC-VベースのAIチップ市場に参入しやすくなります。これにより、多様なアーキテクチャや最適化が生まれ、技術革新が加速するでしょう。
  • エッジAIの普及加速: 低コストかつ低消費電力で高性能なAI推論が可能になるため、スマート家電、産業用ロボット、監視カメラなど、エッジデバイスでのAI機能搭載が爆発的に進む可能性があります。
  • 新たな最適化手法の登場: RVVのスケーラブルな特性を最大限に引き出すため、AIモデルのコンパイル、量子化、推論ランタイムにおける新たなアルゴリズムや最適化技術が研究開発されると予想されます。
  • AI研究開発の民主化: 研究機関やスタートアップ企業が、高価なFPGAやASICを用いることなく、RVVを搭載したRISC-Vプラットフォーム上で独自のAIアクセラレータを開発・検証できるようになり、AI分野のイノベーションが促進されます。

今後

事実:開発と展開の現状

  • ソフトウェアスタックの成熟: 各主要AIフレームワーク(TensorFlow Lite, PyTorch Mobile, ONNX Runtimeなど)がRVVサポートを視野に入れた開発を進めています。専用のSDKやツールチェーンも整備されつつあります。
  • ハードウェア実装の多様化: SiFive, Andes Technology, Tenstorrentなど、多くの企業が既にRVVを搭載したCPUコアやAIアクセラレータチップを開発・発表しています。エッジからデータセンターまで、幅広い用途での採用が期待されます。
  • 標準化の継続: RISC-V Internationalは、RVV自体のさらなる拡張や、関連するインターフェース(メモリ一貫性、I/Oなど)の標準化作業を継続しており、エコシステムの安定と発展に努めています。

推測/評価:未来の展望

  • RISC-VベースのAI推論ソリューションが、既存のx86+GPUやARM+NPUといった組み合わせに並ぶ、あるいはそれを超える主要な選択肢の一つとなる可能性を秘めています。
  • 特にエッジAIや組み込みAIの分野では、RVVがデファクトスタンダードの一つとして確立されるかもしれません。
  • オープンソースハードウェアのムーブメントがさらに加速し、AIチップ設計における新たなビジネスモデルや協業の形が生まれることも考えられます。

実装/利用の手がかり:簡単なコード例(概念的)

RISC-V Vector ExtensionをC言語で利用する場合、RVV Intrinsicと呼ばれる関数群を使います。これはコンパイラが自動的に最適なRVVアセンブリ命令に変換するものです。以下に、8ビット整数でのベクトル積和演算の概念的な例を示します。

#include <riscv_vector.h> // RVV Intrinsicを使用するための標準ヘッダ (実際はコンパイラ依存)
#include <stddef.h>       // size_t のため

// 機能: 2つの8ビット整数ベクトルを乗算し、結果をバイアスベクトルに加算する (out = in1 * in2 + bias)
// RVVの可変長ベクトルレジスタと積和命令の利用イメージ
void vector_multiply_add_int8(
    const int8_t *in1_ptr,   // 入力ベクトル1のポインタ
    const int8_t *in2_ptr,   // 入力ベクトル2のポインタ
    const int8_t *bias_ptr,  // バイアスベクトルのポインタ
    int8_t *out_ptr,         // 出力ベクトルのポインタ
    size_t num_elements      // 処理する要素数
) {
    size_t i = 0;
    // ループで残りの要素を処理
    // vsetvl_e8m1 は、8ビット要素で、ベクトルレジスタの1倍の長さを使用することを指定
    // 返り値は現在のイテレーションで処理可能な実際のベクトル長 (vl)
    for (; i < num_elements; ) {
        // 残りの要素数に基づいて、コンパイラとハードウェアが最適なベクトル長 (vl) を決定
        size_t vl = vsetvl_e8m1(num_elements - i);

        // ベクトルレジスタにデータをロード (vle8_v_i8m1: 8ビット整数ベクトルロード)
        vint8m1_t vec_in1 = vle8_v_i8m1(in1_ptr + i, vl);
        vint8m1_t vec_in2 = vle8_v_i8m1(in2_ptr + i, vl);
        vint8m1_t vec_bias = vle8_v_i8m1(bias_ptr + i, vl);

        // ベクトル積和演算 (Multiply-Accumulate)
        // vmacc_vv_i8m1 は (vec_bias + vec_in1 * vec_in2) を計算
        // 実際には積和の結果はより広い精度(例: int32)で保持されることが多いが、
        // ここでは単純化のためにint8m1_t型として扱う(コンパイラが適切に処理、または別途キャストが必要)
        vint8m1_t vec_result = vmacc_vv_i8m1(vec_bias, vec_in1, vec_in2, vl);

        // 結果をメモリにストア (vse8_v_i8m1: 8ビット整数ベクトルストア)
        vse8_v_i8m1(out_ptr + i, vec_result, vl);

        i += vl; // 次のイテレーションへ
    }
}

コンパイル時のCLI例: RISC-V GCC/ClangでRVVを有効にするには、ターゲットアーキテクチャ指定に _v フラグを追加します。

riscv64-unknown-elf-gcc -march=rv64gc_v -mabi=lp64d -O3 your_ai_kernel.c -o your_ai_kernel
  • -march=rv64gc_v: RV64 (64ビットRISC-V) の”G” (汎用) および “C” (コンパクト命令) 拡張に加え、”V” (Vector) 拡張を有効にします。
  • -mabi=lp64d: ABI (Application Binary Interface) を指定します。lp64d は、long、ポインタが64ビット、doubleがFPUレジスタを使用することを示します。
  • -O3: 最適化レベルを最大に設定し、コンパイラがRVV命令を効果的に利用するように促します。

まとめ

RISC-V Vector Extensionは、オープンでカスタマイズ可能なRISC-Vアーキテクチャに、AI推論に不可欠な高性能ベクトル処理能力を付加します。これにより、特定のベンダーに依存しない、柔軟で電力効率の高いAIアクセラレータの開発が可能となり、エッジからクラウドまで、あらゆるAIアプリケーションに新たな選択肢をもたらします。RVVが提供するスケーラビリティと多様なデータ型サポートは、AIハードウェアのイノベーションを加速し、AI技術の民主化を促進する強力なドライバーとなるでしょう。未来のAIインフラストラクチャにおいて、RISC-V Vector Extensionが果たす役割に、私たちは大いに期待しています。

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