JSON Web Token (JWT) のプロトコル実装に関する考察 – RFC 7519の視点から

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JSON Web Token (JWT) のプロトコル実装に関する考察 – RFC 7519の視点から

背景

Webサービスにおける認証・認可のステートレス化は、スケーラビリティの高いシステム設計において重要な課題でした。従来のセッションベースの認証では、サーバ側でセッション情報を保持する必要があり、分散環境やマイクロサービスアーキテクチャでは、セッション情報の共有や同期に複雑さが伴いました。このような背景から、クライアント側で認証情報を自己完結的に保持し、サーバ側での状態管理を不要にするメカニズムが求められるようになりました。

JSON Web Token (JWT) は、この課題に対する標準的な解決策の一つとして、RFC 7519で定義されました。これは、コンパクトでURLセーフな形で情報を表現するための仕様であり、特に認証・認可のコンテキストで広く利用されています。

設計目標

RFC 7519で定義されるJWTの主要な設計目標は以下の通りです。

  • 自己完結性 (Self-contained): トークン自体に認証情報やクレーム(Claims)が含まれているため、データベースへの問い合わせなしにサーバ側で検証可能です。
  • コンパクトさ (Compact): HTTPヘッダやURIパラメータとして容易に伝送できるよう、サイズが小さく設計されています。
  • URLセーフ (URL-safe): Base64urlエンコードを使用するため、URLやHTTPヘッダで安全に伝送できます。
  • 完全性保証 (Integrity Protection): JSON Web Signature (JWS) を使用することで、トークンの内容が改ざんされていないことを検証できます。
  • オプションの機密性 (Optional Confidentiality): JSON Web Encryption (JWE) を使用することで、トークンの内容を暗号化し、機密性を保護できます。

詳細

JWTは、ヘッダ (Header)ペイロード (Payload)署名 (Signature) の3つのパートをピリオドで連結した文字列として表現されます。各パートはBase64urlエンコードされており、RFC 4648のBase64urlエンコーディングルールに従います。

<Base64url(ヘッダ)>.<Base64url(ペイロード)>.<Base64url(署名)>

JWTの構造(フィールド名・概念的バイト長)

JWT自体は厳密な固定ビット長のプロトコルヘッダを持つわけではありませんが、その論理的な構造をフィールドと概念的なバイト長で整理すると以下のようになります。

Header: Variable bytes (JSON object, typically 50-200 bytes before Base64url encoding)
    alg: Variable (string, algorithm name, e.g., "HS256", "RS256")
    typ: Variable (string, token type, "JWT")
    kid: Variable (string, optional key ID)
    cty: Variable (string, optional content type)
    jku: Variable (string, optional JWK Set URL)
    jwk: Variable (JSON object, optional embedded JWK)

Payload: Variable bytes (JSON object, can range from ~20 bytes to kilobytes)
    iss: Variable (string, issuer)
    sub: Variable (string, subject)
    aud: Variable (array of strings or string, audience)
    exp: 8 bytes (numeric date, expiration time)
    nbf: 8 bytes (numeric date, not before time)
    iat: 8 bytes (numeric date, issued at time)
    jti: Variable (string, JWT ID)
    <public_claims>: Variable (custom claims defined by IANA/community)
    <private_claims>: Variable (application-specific custom claims)

Signature: Fixed bytes (e.g., 256 bits/32 bytes for HS256, 256-512 bits/32-64 bytes for RS256/ES256)
    HMAC-SHA256: 32 bytes (256 bits)
    RSASSA-PKCS1-v1_5-SHA256: 32 bytes (256 bits)
    ECDSA-P256-SHA256: 64 bytes (2 * 256 bits for R and S values)

ヘッダ (Header): JWTのタイプ(typ)と署名に使用されたアルゴリズム(alg)を記述するJSONオブジェクトです。例えば、{"alg": "HS256", "typ": "JWT"}。これはBase64urlエンコードされます。

ペイロード (Payload): JWTに含まれる「クレーム」と呼ばれる情報が格納されるJSONオブジェクトです。クレームには以下の3種類があります。 * 登録済みクレーム (Registered Claims): RFC 7519で定義される標準的なクレーム(例: iss (発行者), exp (有効期限), sub (主体), aud (対象者))。 * 公開クレーム (Public Claims): IANA JWT Claims Registryで定義されるか、衝突しない名前空間で定義されるクレーム。 * プライベートクレーム (Private Claims): 送信者と受信者の間で合意されたカスタムクレーム。

署名 (Signature): Base64urlエンコードされたヘッダとペイロードを、指定されたアルゴリズムと秘密鍵(または秘密鍵ペア)で署名した値です。これにより、JWTの完全性が保証され、改ざんや偽造が検知可能になります。

相互運用

JWTはHTTP(S)上でAuthorizationヘッダ(Bearer スキーム)として伝送されるのが一般的です。OAuth 2.0やOpenID Connectのような標準プロトコルにおいて、IDトークンやアクセストークンとして広く採用されています。

既存プロトコルとの比較

  • Cookieベースのセッション管理との比較:

    • JWT: ステートレスであり、複数のサービス間での共有が容易。サーバ側のスケーラビリティが高い。モバイルアプリなどブラウザ以外のクライアントにも適している。
    • Cookie: ステートフル(サーバ側でセッションを管理)。CSRF攻撃対策が必要だが、JWTより単純な実装が可能。
  • SAML (Security Assertion Markup Language) との比較:

    • JWT: JSONベースで軽量。モバイルやSPA(Single Page Application)との親和性が高い。
    • SAML: XMLベースでより冗長。エンタープライズ環境でのシングルサインオン (SSO) に強み。豊富なセキュリティ機能を持つが、実装が複雑になりがち。
  • HTTP/1.1 vs HTTP/2 vs HTTP/3 との比較 (JWT伝送の効率性):

    • HTTP/1.1: ヘッダ圧縮がないため、大きなJWTを複数リクエストで送る場合、帯域消費が大きくなる。HOL (Head-of-Line) Blockingが発生しやすく、パフォーマンスに影響。
    • HTTP/2: ヘッダ圧縮 (HPACK) が導入され、JWTのような繰り返し送られるヘッダの効率が向上。多重化によりHOL Blockingがアプリケーション層で回避されるため、効率的な伝送が可能。
    • HTTP/3 (QUIC): UDPベースでコネクション確立の高速化 (0-RTT) と多重化を実装。TCPのHOL Blockingをネットワーク層で回避し、HTTP/2よりもさらに堅牢な多重化を実現。JWT利用時も、ネットワークの遅延やパケットロスによる影響を最小限に抑え、より迅速な認証・認可フローが可能。特に0-RTTは、再接続時に迅速にJWTを提示してリソースにアクセスできる点で有利だが、セキュリティ上の考慮が必要。

セキュリティ

ネットワークエンジニアとして、JWTのセキュリティを考慮する際には、以下の点に注意が必要です。

  • 署名検証の徹底: 常に署名の検証を行い、トークンが改ざんされていないことを確認すること。不正なアルゴリズム (alg: none) の利用を拒否するよう実装する。
  • 適切なクレームの利用:
    • exp (Expiration Time): トークンの有効期限を設定し、期限切れのトークンは拒否する。
    • nbf (Not Before): トークンが有効になる時刻を設定し、それ以前のトークンは拒否する。
    • iat (Issued At): トークン発行時刻を記録し、リプレイ攻撃対策の一助とする。
    • jti (JWT ID): 各JWTに一意のIDを付与し、サーバ側で既に使用されたjtiを拒否することで、リプレイアタックを効果的に防ぐ(特にステートレスなJWTにおいて)。
  • 鍵管理とローテーション: 署名に使用する鍵はセキュアに管理し、定期的にローテーションを行う。鍵の漏洩は深刻なセキュリティリスクとなる。
  • ダウングレード攻撃対策: 攻撃者が弱い署名アルゴリズムを強制しないよう、サーバが受け入れるアルゴリズムを厳格に制限する。
  • TLSの利用: JWTは機密情報を含む可能性があるため、常にTLS/SSL (HTTPS) を用いて暗号化されたチャネルで伝送すること。これにより、盗聴や中間者攻撃を防ぐ。
  • 0-RTTセッション再開時のリスク: QUIC/HTTP/3の0-RTTでは、過去のハンドシェイク情報を用いて暗号化されたデータがすぐに送信されるため、潜在的なリプレイアタックのリスクがある。JWTを含むリクエストが0-RTTで送信される場合、サーバはjtiクレームやタイムスタンプ (exp, nbf) をより厳密に検証し、リプレイを検知・拒否するメカニズムを強化する必要がある。

実装メモ

JWTの実装においては、そのネットワークプロトコルとしての特性を理解し、以下の点に留意する必要があります。

  • MTU / Path MTU: JWTはHTTPヘッダやボディとして伝送されます。特に多くのクレームを含む場合、JWTのサイズが大きくなることがあります。HTTPリクエストの全体サイズがPath MTUを超えると、IPフラグメンテーションが発生し、パフォーマンス低下やパケットロスに対する脆弱性が増します。大きなJWTの使用は避け、必要最小限のクレームに留めるべきです。
  • HOL blocking回避: HTTP/1.1では、大きなJWTを含むリクエストが処理をブロックすると、同じTCPコネクション上の後続のリクエストもブロックされるHOL blockingが発生する可能性があります。HTTP/2やHTTP/3ではストリーム多重化によりアプリケーション層でのHOL blockingは回避されますが、単一のストリーム上では、大きなJWTペイロードがそのストリームの処理を遅延させる可能性は依然として存在します。
  • キュー制御と優先度: 認証が必要なリクエスト(JWTを含む)は、そうでないリクエストよりも高い優先度で処理されるべき場合もあります。ネットワークデバイスやロードバランサで、認証済みトラフィックに対する優先度付けや帯域制御を行うことで、サービスの応答性を向上させることができます。しかし、JWTのサイズが大きいと、優先度付けされたキューを長時間占有する可能性があり、他の高優先度トラフィックに影響を与えないよう、適切なキュー管理が重要です。
  • ライブラリの選定と安全な利用: JWTのパース、検証、署名生成には、信頼性の高い標準的なライブラリを使用し、そのセキュリティプラクティスに従うこと。特に、署名アルゴリズムの自動選択や動的なアルゴリズム変更を許容しないよう注意が必要です。
  • トークン失効メカニズム: JWTは自己完結型でステートレスなため、一度発行されたトークンを個別に失効させるのは困難です。しかし、セキュリティ侵害時など緊急の失効が必要な場合のために、jtiクレームと連携したブラックリストメカニズムや、短期間の有効期限 (exp) の設定、鍵のローテーションなどの戦略を組み合わせて考慮することが重要です。

シーケンス図

JWTを用いた認証・認可フローは、通常、以下のような流れで実現されます。

sequenceDiagram
    participant Client
    participant "AuthorizationServer as AS (発行元)"
    participant "ResourceServer as RS (検証元)"

    Client ->> AS: 1. 認証リクエスト (ユーザー名/パスワードなど)
    AS -->> Client: 2. JWT発行 (ID Token/Access Token)
    Note over AS: JWTは署名され、Clientへ安全に伝送される(HTTPS)

    Client ->> RS: 3. リソースアクセスリクエスト (Authorization: Bearer )
    Note over Client: HTTPS/HTTP2/HTTP3上でJWTを伝送

    RS ->> RS: 4. JWTの検証 (署名, exp, nbf, aud, iss, etc.)
    Note over RS: 鍵管理システムから公開鍵を取得し、署名を検証
    alt 検証成功
        RS -->> Client: 5. 保護されたリソースを提供
    else 検証失敗 (改ざん、期限切れ、不正な署名など)
        RS -->> Client: 5'. 401 Unauthorized / 403 Forbidden
    end

このシーケンスは、JWTがHTTPSのようなセキュアなトランスポート層プロトコル上でどのように利用されるかを示しています。HTTP/3のようなプロトコルでは、0-RTTでのセッション再開により、手順3のリクエストがより迅速に処理される可能性がありますが、その際は述べたセキュリティ考慮点を適用する必要があります。

まとめ

JSON Web Token (JWT) は、RFC 7519によって定義された、Webアプリケーションにおけるステートレスな認証・認可を実現するための強力なツールです。そのコンパクトさ、URLセーフ性、そして署名による完全性保証は、現代の分散システムやマイクロサービスアーキテクチャにおいて大きな利点を提供します。

しかし、ネットワークエンジニアの視点からは、JWTの単なるデータ構造としてではなく、それが利用される基盤プロトコル(HTTP/S, HTTP/2, HTTP/3)との相互作用を深く理解することが重要です。JWTのサイズがネットワークパフォーマンス(MTU、HOL Blocking)に与える影響、TLSによる伝送路の保護、そして特に0-RTTのような高速化メカニズムがもたらすセキュリティ上の潜在的リスク(リプレイアタック)への対策は、堅牢なシステムを構築する上で不可欠です。適切なクレームの利用、厳格な鍵管理、および信頼できるライブラリの選定と安全な実装プラクティスを通じて、JWTの利点を最大限に引き出しつつ、セキュリティリスクを最小限に抑えることが求められます。

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