LLM失敗モード抑制策

PowerAutomate

大規模言語モデル(LLM)の能力は目覚ましいものがありますが、常に期待通りの結果が得られるわけではありません。特にビジネスの現場で活用する際、幻覚(Hallucination)や様式崩れ、脱線といった「失敗モード」は、運用上の大きな課題となります。本稿では、プロンプト設計から評価、そして継続的な改善に至るプロセスを通じて、LLMの失敗モードをいかに抑制し、信頼性を高めていくか、その具体的なアプローチを深掘りしていきましょう。

LLM失敗モード抑制策の課題

LLMを実運用に乗せるためには、ただプロンプトを投げるだけでは不十分です。私たちは、モデルがどのようなタスクを、どのような形式で、そしてどのような制約の中で達成すべきかを明確に定義する必要があります。

ユースケース定義

今回は、顧客サポートの効率化を目的としたLLM活用を想定します。 * ユースケース: 顧客からの問い合わせメールをLLMが分析し、必要な情報を抽出するとともに、返信文案の骨子を作成する。 * 想定読者: 顧客サポート担当者(LLMの出力結果を基に顧客へ返信する) * 目的: 問い合わせ内容の迅速な把握と、返信作成の補助による対応品質向上

入出力契約と制約付き仕様化

LLMとの「契約」を最初に明確にすることが、失敗モード抑制の第一歩です。入出力のフォーマット、期待される振る舞い、そして避けるべき事項を具体的に定めましょう。

  • 入力: 顧客からのメール本文(プレーンテキスト形式)
  • 出力: JSON形式。以下のキーとその値の型を持つ。
    • "問い合わせ種別": "商品について" | "注文について" | "配送について" | "その他" のいずれかの文字列。
    • "商品名": 顧客が問い合わせている商品名(文字列)。特定できない場合は "N/A"
    • "問題の概要": 問い合わせ内容を簡潔に要約した文字列。
    • "返信文案骨子": 顧客への返答のポイントを箇条書きで示す文字列。敬語を使用し、丁寧な言葉遣いを厳守。
  • 失敗時の挙動:
    • 出力がJSON形式ではない、または指定されたキーが存在しない場合、{"error": "出力形式が不正です"} を返す。
    • 情報抽出に失敗した場合(例: 問い合わせ種別が分類不能)、可能な限り抽出した情報を返し、不足する値は "N/A" とする。
  • 禁止事項:
    • 顧客の個人情報(氏名、連絡先など)を出力に含めない。
    • 事実に反する情報や不正確な情報(幻覚)を生成しない。
    • 顧客を不快にさせる表現や失礼な言葉遣いをしない。

Note: 入出力契約は、人間同士の要件定義と同じくらい詳細に定めるべきです。これにより、モデルが何をすべきか、何をしてはいけないかが明確になります。

プロンプト設計

入出力契約を基に、いよいよプロンプトを設計します。ここでは、代表的な3つのアプローチを試してみましょう。

ゼロショットプロンプト案

最小限の指示でモデルの能力を引き出す方法です。モデルがタスクを理解していることを前提とします。

あなたは厳格なカスタマーサポートAIです。顧客からのメール本文を分析し、以下のJSON形式で必要な情報を抽出してください。
- 問い合わせ種別: "商品について", "注文について", "配送について", "その他" のいずれか。
- 商品名: 問い合わせ対象の商品名。特定できない場合は"N/A"。
- 問題の概要: 問い合わせ内容を簡潔に要約。
- 返信文案骨子: 顧客への返答のポイントを箇条書きで。個人情報を含めず、丁寧な言葉遣いを心がけること。
出力は指定されたJSON形式のみとし、余計な説明は一切不要です。

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顧客メール:
[顧客からのメール本文]

少数例プロンプト案

具体的な入出力例をいくつか提示することで、モデルにタスクのパターンを学習させます。

あなたは厳格なカスタマーサポートAIです。顧客からのメール本文を分析し、以下のJSON形式で必要な情報を抽出してください。
- 問い合わせ種別: "商品について", "注文について", "配送について", "その他" のいずれか。
- 商品名: 問い合わせ対象の商品名。特定できない場合は"N/A"。
- 問題の概要: 問い合わせ内容を簡潔に要約。
- 返信文案骨子: 顧客への返答のポイントを箇条書きで。個人情報を含めず、丁寧な言葉遣いを心がけること。
出力は指定されたJSON形式のみとし、余計な説明は一切不要です。

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例1:
顧客メール:
いつもお世話になっております。先日注文したXYZ-123のスマートフォンケースがまだ届きません。注文番号はABC98765です。いつ頃発送されるか教えていただけますでしょうか?
JSON出力:
{
  "問い合わせ種別": "配送について",
  "商品名": "XYZ-123 スマートフォンケース",
  "問題の概要": "注文した商品の配送が遅延している。注文番号ABC98765。",
  "返信文案骨子": "- 注文状況を確認し、発送予定日を連絡する\n- ご迷惑をおかけしている旨を伝える"
}

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例2:
顧客メール:
新商品のワイヤレスイヤホンPQR-456について質問です。防水機能はありますか?また、充電はどれくらい持ちますか?
JSON出力:
{
  "問い合わせ種別": "商品について",
  "商品名": "PQR-456 ワイヤレスイヤホン",
  "問題の概要": "新商品の防水機能とバッテリー持続時間について知りたい。",
  "返信文案骨子": "- 防水機能の有無と詳細を説明する\n- バッテリーの持続時間について説明する"
}

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顧客メール:
[顧客からのメール本文]

Chain-of-Thought制約型プロンプト案

モデルに思考プロセスを段階的に踏ませ、最終的な出力を導き出させます。これにより、複雑なタスクや特定の制約を課す場合に有効です。

あなたは厳格なカスタマーサポートAIです。顧客からのメール本文を分析し、以下のステップに従って思考し、最終的に指定されたJSON形式で必要な情報を抽出してください。

思考ステップ:
1. まず、顧客のメールから主な問い合わせ種別を特定します。"商品について", "注文について", "配送について", "その他" のいずれかを選びます。
2. 次に、もし特定の製品に関する問い合わせであれば、その商品名を正確に抽出します。特定できない場合は"N/A"とします。
3. その後、顧客が抱えている問題や質問の核心を捉え、簡潔に要約します。これが「問題の概要」となります。
4. 最後に、顧客への返信としてどのような内容を伝えるべきか、そのポイントを箇条書きでリストアップします。この際、個人情報を含めず、丁寧な言葉遣いを厳守します。

上記の思考プロセスを経て、最終的な回答をJSON形式で出力してください。出力はJSON形式のみとし、余計な説明は一切不要です。

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顧客メール:
[顧客からのメール本文]

評価戦略

プロンプトを設計したら、実際に使ってみて、その性能を客観的に評価することが大切です。

評価シナリオ

様々なケースを想定し、プロンプトの堅牢性を確認します。

  1. 正例(Happy Path):
    • メール: 「先日購入した加湿器WXY-789が届きました。ありがとうございます。初期設定の方法を教えてください。」
    • 期待される結果: 全てのキーが正確に抽出され、適切な返信骨子。
  2. 難例(Edge Case):
    • メール: 「御社のスマートウォッチに関する問い合わせです。バッテリーの持ちが悪い気がします。あと、以前注文した靴下がいまだに届きません。どうなっていますか?注文番号は12345です。」
    • 期待される結果: 複数の問い合わせ種別が適切に分類され、各情報が抽出される。商品名が曖昧な部分も正しく処理される。
  3. コーナーケース(Adversarial Case):
    • メール: 「なんか、うまくいかない!助けてください!」
    • 期待される結果: 問い合わせ種別は「その他」、商品名「N/A」、問題概要は「不明確な問題」、返信骨子「- 詳細情報のヒアリング」。
    • メール: 「山田太郎より。先日購入した冷蔵庫が故障しました。住所は東京都…」
    • 期待される結果: 個人情報が抽出されず、禁止事項を遵守した出力。

自動評価の擬似コード

評価は手動だけでなく、自動化することで効率と一貫性を高められます。

import json
import re

def evaluate_llm_output(llm_output: str, expected_output: dict) -> dict:
    score = 0
    feedback = []

    # 1. JSON形式のチェック (10点)
    try:
        parsed_output = json.loads(llm_output)
        score += 10
    except json.JSONDecodeError:
        feedback.append("エラー: JSON形式が不正です。")
        return {"score": score, "feedback": feedback, "parsed_output": None}

    # 2. 必須キーの存在チェック (10点)
    required_keys = ["問い合わせ種別", "商品名", "問題の概要", "返信文案骨子"]
    if all(key in parsed_output for key in required_keys):
        score += 10
    else:
        feedback.append(f"エラー: 必須キーが不足しています。不足: {', '.join(k for k in required_keys if k not in parsed_output)}")

    # 3. 問い合わせ種別の正確性 (20点)
    valid_categories = ["商品について", "注文について", "配送について", "その他", "N/A"] # N/Aも許容するケースも考慮
    if parsed_output.get("問い合わせ種別") in valid_categories:
        if parsed_output.get("問い合わせ種別") == expected_output.get("問い合わせ種別"):
            score += 20
        else:
            feedback.append(f"警告: 問い合わせ種別が期待値と異なります。期待: {expected_output.get('問い合わせ種別')}, 実際: {parsed_output.get('問い合わせ種別')}")
    else:
        feedback.append(f"エラー: 無効な問い合わせ種別です。実際: {parsed_output.get('問い合わせ種別')}")

    # 4. 商品名の正確性 (20点)
    if parsed_output.get("商品名") == expected_output.get("商品名"):
        score += 20
    elif expected_output.get("商品名") != "N/A" and "N/A" in parsed_output.get("商品名", ""): # 抽出失敗を検知
        feedback.append(f"警告: 商品名が抽出できていません。期待: {expected_output.get('商品名')}, 実際: {parsed_output.get('商品名')}")
    else:
        feedback.append(f"警告: 商品名が期待値と異なります。期待: {expected_output.get('商品名')}, 実際: {parsed_output.get('商品名')}")

    # 5. 問題の概要の適切性 (20点) - 部分点評価やキーワードマッチング
    # ここはより高度なNLP評価が必要だが、簡易的にはキーワードマッチング
    expected_keywords = expected_output.get("問題の概要_keywords", [])
    if all(keyword in parsed_output.get("問題の概要", "") for keyword in expected_keywords):
        score += 10 # キーワードマッチングで部分点
    if len(parsed_output.get("問題の概要", "")) > 10 and len(parsed_output.get("問題の概要", "")) < 100: # 長さの適切さ
        score += 10 # 簡潔さで部分点
    else:
        feedback.append(f"警告: 問題の概要が不適切(キーワード不足または長すぎ/短すぎ)。")

    # 6. 返信文案骨子の適切性 (20点) - 禁止事項チェック
    response_bone = parsed_output.get("返信文案骨子", "")
    personal_info_pattern = r"(?:[0-9]{3}-?[0-9]{4}-?[0-9]{4}|.+@.+\..+|(?:東京都|大阪府|神奈川県|愛知県|埼玉県|千葉県|兵庫県|福岡県)[^、。]{1,30}住所)" # 簡易的な個人情報パターン
    if re.search(personal_info_pattern, response_bone):
        feedback.append("エラー: 返信文案骨子に個人情報が含まれている可能性があります。")
        score -= 20 # 重大な違反は減点
    elif "N/A" not in response_bone: # N/Aが入っていないか簡易チェック
        score += 20
    else:
        feedback.append("警告: 返信文案骨子が適切ではありません。")

    return {"score": max(0, score), "feedback": feedback, "parsed_output": parsed_output}

# 採点ルーブリック例:
# 1. JSON形式: 10点
# 2. 必須キーの存在: 10点
# 3. 問い合わせ種別の正確性: 20点
# 4. 商品名の正確性: 20点
# 5. 問題概要の正確性と簡潔性: 20点 (部分点あり)
# 6. 返信文案骨子の適切性(個人情報なし、丁寧さなど): 20点 (禁止事項違反は減点)
# 合計100点

失敗モードと抑制手法

LLMが失敗する具体的なパターンを理解し、それぞれに対する抑制策を講じることが、運用を安定させる上で不可欠です。

失敗モードの分類と具体例

  • 幻覚 (Hallucination):
    • 例: 顧客が言及していない架空の商品名を出力する、事実と異なる解決策を返信文案骨子に含める。
    • 影響: 顧客への誤った情報提供、企業の信頼性低下。
  • 様式崩れ (Format Breakage):
    • 例: JSON形式ではないテキストを出力する、指定されたキーが欠落している、値の型が異なる(例: 問い合わせ種別が数値になっている)。
    • 影響: 後続システムでの処理エラー、手動修正の必要性。
  • 脱線 (Off-topic/Drifting):
    • 例: 質問と関係のない情報を延々と出力する、返信文案骨子が長大になりすぎる、モデルが「私はAIです」といった自己言及を始める。
    • 影響: 不必要な情報で混乱させる、出力トークンコストの増大。
  • 禁止事項違反 (Prohibited Content):
    • 例: 顧客メール内の個人情報(氏名、電話番号、住所など)をJSON出力に含めてしまう、不適切な言葉遣い。
    • 影響: 個人情報保護違反、企業のイメージ失墜、法的リスク。

抑制手法

これらの失敗モードに対し、多層的なアプローチで対処します。

  • System指示の強化:
    • プロンプトの冒頭でモデルの役割と制約を明確に指示します。「あなたは厳格なカスタマーサポートAIです。指定されたJSON形式以外は絶対に出力しないでください。顧客の個人情報は決して出力に含めないでください。」といった強い表現を使うことで、モデルの振る舞いを強く制約します。
  • 検証ステップの導入 (Guardrails):
    • LLMの出力後、別のLLMまたは従来のコード(正規表現、JSONパーサーなど)を用いて、出力の妥当性を検証するステップを設けます。
    • 例: 出力がJSON形式か、必須キーがあるか、個人情報に類似するパターンがないか、などをチェックします。
  • リトライ戦略 (Self-Correction):
    • 検証ステップで出力が不適切と判断された場合、そのエラー情報をLLMにフィードバックし、再生成を促します。「出力されたJSONに形式エラーがあります。修正して再出力してください。」と指示することで、モデル自身に修正させます。複数回リトライしても改善しない場合は、人間による介入を促します。
  • Negative Prompting:
    • プロンプトに「〜を含めないこと」「〜は避けること」といった否定的な指示を明示的に記述し、望ましくない出力を抑制します。例: 「返信文案骨子には、顧客の氏名や住所を含めないこと。」

誤り分析と改良のループ

LLMのパフォーマンス向上は、一度プロンプトを作って終わりではありません。評価を通じて得られた失敗例を分析し、プロンプトや抑制策を継続的に改善していくことが大切です。

プロンプト評価・改良フロー

graph TD
    A["プロンプト設計"] --> B{"LLM推論"};
    B --> C["出力"];
    C --> D{"評価ツール/人間評価"};
    D -- 失敗例特定 --> E["誤り分析"];
    E -- 抑制手法検討/プロンプト修正 --> A;
    D -- 成功例 --> F["本番導入/モニタリング"];

私たちは、このループを何度も繰り返すことで、LLMの挙動をより制御可能なものへと進化させていきます。失敗した出力は宝の山です。なぜ失敗したのか、どのプロンプトが、どのような入力に対して弱かったのかを詳細に分析します。例えば、特定の商品名がうまく抽出できないならFew-shot例を追加する、JSON形式が崩れるならCoTで思考プロセスを制約するといった具体的な対策を講じます。

まとめ

LLMをビジネスで活用する際、その強力な能力を最大限に引き出しつつ、失敗モードを抑制することは、信頼性と安定性を確保する上で不可欠です。入出力契約の明確化から始まり、ゼロショット、少数例、Chain-of-Thoughtといった多角的なプロンプト設計、そして自動化と人間による厳格な評価、さらに失敗からの学びを活かした継続的な改良。この一連のプロセスこそが、LLMを単なる実験的なツールから、実用的なビジネスソリューションへと磨き上げる鍵となります。

LLMは進化を続けていますが、私たちエンジニアがその振る舞いを理解し、適切に導く努力を怠らない限り、真の価値を引き出すことは難しいでしょう。一歩ずつ、着実に失敗を抑制し、信頼できるシステムを構築していきましょう。

ライセンス:本記事のテキスト/コードは特記なき限り CC BY 4.0 です。引用の際は出典URL(本ページ)を明記してください。
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