強化学習 Q-learningアルゴリズム

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本研究は、Q-learningアルゴリズムの大規模状態空間への適用性と収束安定性の向上を目指し、動的な状態空間分割と適応的学習率戦略を導入する。

背景(課題/先行研究)

Q-learningはモデルフリー強化学習の基本的な手法であり、Q値(状態-行動価値関数)の反復更新により最適な行動方策を学習する。そのシンプルさと有効性から多くの応用例を持つ。しかし、Q-learningはQテーブルの形でQ値を陽に記憶するため、状態空間が大規模になるとメモリ消費量が増大し、未訪問の状態が多くなることで学習が遅延するというスケーラビリティの課題を抱える。また、学習率(α)や探索率(ε)といったハイパーパラメータは学習の成否に大きく影響するが、その最適な設定は環境に依存し、手動での調整が困難である。

先行研究では、これらの課題に対しDeep Q-Networks (DQN) がQ値をニューラルネットワークで近似することで大規模状態空間に対応した。また、学習率の適応的調整手法は、AdamやRMSpropといった勾配降下法において広く研究されているが、古典的なQ-learningにおける価値関数の更新式に直接適用する研究は限定的である。本研究は、QテーブルベースのQ-learningの枠組みを維持しつつ、状態空間を動的に分割し、各分割領域で学習率を適応的に調整することで、スケーラビリティと収束安定性を同時に改善する。

提案手法

提案手法は、「動的な状態空間分割」と「適応的学習率戦略」の二つの要素から構成される。

  1. 動的な状態空間分割 (Dynamic State Partitioning): エージェントが新しい状態を観測するたびに、既存の分割領域の中心(セントロイド)との距離を評価する。最も近いセントロイドとの距離が閾値threshold_T以下であれば、その状態は既存の領域に割り当てられる。閾値を超える場合は、その状態を新たな分割領域のセントロイドとして追加し、新しいQテーブルを初期化する。これにより、エージェントが実際に訪問した状態に基づいて状態空間が徐々に構築・分割され、メモリ効率と学習効率が向上する。各分割領域内では、その領域の代表的なQ値(例:セントロイドのQ値、または領域内の平均Q値)を用いるか、あるいは領域内の各訪問状態にQ値を割り当てる。

  2. 適応的学習率戦略 (Adaptive Learning Rate Strategy): Q値の更新時に使用する学習率αを、各(分割領域, 行動)ペアの訪問回数に基づいて動的に調整する。具体的には、訪問回数が多い(分割領域, 行動)ペアに対しては学習率を徐々に減衰させ、安定した学習を促す。逆に、訪問回数が少ないペアに対しては比較的高い学習率を維持し、探索と初期学習を促進する。これにより、ハイパーパラメータの手動調整の負担を軽減し、学習の安定性と収束速度の向上を図る。

中核アルゴリズム

Algorithm: Dynamic Partitioning and Adaptive Q-Learning
Input: Environment E, Discount factor γ, Exploration rate ε, Initial learning rate α_initial, Partitioning threshold threshold_T, α_decay_rate
Output: Q-function Q(s, a) represented by partitioned tables

Initialize:
    Q_tables = {}            // Dictionary: partition_ID -> Dictionary<StateKey, Dictionary<Action, float>>
    Partitions = {}          // Dictionary: StateKey -> partition_ID (maps observed states to their partition)
    Partition_Centroids = [] // List: partition_ID -> StateVector (representative vector for each partition)
    Visit_Counts = {}        // Dictionary: (partition_ID, Action) -> int (counts for adaptive alpha)
    Next_Partition_ID = 0    // Counter for new partition IDs

Function Get_Partition_ID(state_s):
    If state_s in Partitions:
        Return Partitions[state_s]

    // Find closest existing centroid
    closest_p_id = -1
    min_distance = infinity
    For p_id from 0 to Next_Partition_ID - 1:
        distance = Euclidean_Distance(state_s, Partition_Centroids[p_id]) // Assumes state_s is a vector
        If distance < min_distance:
            min_distance = distance
            closest_p_id = p_id

    If closest_p_id != -1 AND min_distance < threshold_T:
        Partitions[state_s] = closest_p_id
        Return closest_p_id
    Else: // Create new partition
        new_p_id = Next_Partition_ID
        Next_Partition_ID += 1
        Partition_Centroids.append(state_s) // New state becomes its own centroid
        Q_tables[new_p_id] = {} // Initialize a new Q-table for this partition
        Partitions[state_s] = new_p_id
        Return new_p_id

Function Calculate_Adaptive_Alpha(p_id, action, visit_counts):
    count = visit_counts.get((p_id, action), 0)
    Return α_initial / (1 + count * α_decay_rate) // Example: inverse decay

// Main Learning Loop
For each episode from 1 to Max_Episodes:
    s = E.reset()
    For each step from 1 to Max_Steps_per_Episode:
        p_id = Get_Partition_ID(s) // Get partition ID for current state s

        If random() < ε:
            a = E.sample_action() // Explore
        Else:
            // For exploitation, use Q-values stored for current state 's' within its partition 'p_id'
            If s in Q_tables[p_id]:
                a = argmax_a' Q_tables[p_id][s].get(a', 0)
            Else: // s is new to this partition's Q-table, assume 0 or random action
                a = E.sample_action() 

        s_next, r, done, _ = E.step(a) // Assuming a standard Gym-like env
        p_id_next = Get_Partition_ID(s_next)

        α_current = Calculate_Adaptive_Alpha(p_id, a, Visit_Counts)

        // Ensure current state's Q-values are initialized in its partition
        If s not in Q_tables[p_id]:
            Q_tables[p_id][s] = {}
        Q_current = Q_tables[p_id][s].get(a, 0)

        // Calculate target Q-value
        max_q_next = 0
        If p_id_next in Q_tables and s_next in Q_tables[p_id_next] and Q_tables[p_id_next][s_next]:
            max_q_next = max(Q_tables[p_id_next][s_next].values())

        Q_target = r + γ * max_q_next

        Q_tables[p_id][s][a] = Q_current + α_current * (Q_target - Q_current)

        Visit_Counts[(p_id, a)] = Visit_Counts.get((p_id, a), 0) + 1

        s = s_next
        If done:
            Break

Return Q_tables // Learned Q-function

前提条件: 状態sは特徴ベクトルとして表現可能であり、距離計算が可能である。

計算量/メモリ使用量

  • 計算量 (Per Step):

    • Get_Partition_ID: 最悪の場合、既存の全てのN_partitions個のセントロイドとの距離計算が必要。状態特徴ベクトルの次元をDとすると、O(N_partitions * D)
    • 行動選択 (argmax_a'): 行動空間のサイズをAとすると、O(A)
    • Q値更新: O(1)
    • 合計: O(N_partitions * D + A)。エピソードごとにN_partitionsは増加しうるが、通常はMax_Episodesに比べて緩やかに増加する。
  • パラメトリックなメモリ使用量:

    • Q_tables: 各観測状態sごとにQ値を格納するため、O(N_observed_states * A)N_observed_statesはエージェントが訪問したユニークな状態の総数。通常のQ-learningのO(S * A)Sは全状態数)と比較して、N_observed_states << Sの場合に大幅な削減が期待できる。
    • Partitions: 観測状態とそれに対応する分割IDのマッピング。O(N_observed_states)
    • Partition_Centroids: 各分割領域のセントロイド。O(N_partitions * D)
    • Visit_Counts: 各(分割領域, 行動)ペアの訪問回数。O(N_partitions * A)

モデル/データフロー

classDiagram
    Environment --|> Agent : interacts with
    Agent : +Q_tables: Dictionary<PartitionID, Dictionary<StateKey, Dictionary>>
    Agent : +Partitions: Dictionary
    Agent : +Partition_Centroids: List
    Agent : +Visit_Counts: Dictionary<Tuple, int>
    Agent : +discount_factor: float
    Agent : +epsilon: float
    Agent : +initial_alpha: float
    Agent : +partition_threshold: float
    Agent : +alpha_decay_rate: float
    Agent : +Get_Partition_ID(state_s): PartitionID
    Agent : +Calculate_Adaptive_Alpha(partition_id, action, visit_counts): float
    Agent : +Choose_Action(state_s): Action
    Agent : +Update_Q(s, a, r, s_next): void

実験設定

環境: OpenAI GymのCartPole-v1およびMountainCar-v0を使用する。CartPole-v1は連続状態空間を持つため、提案手法の強みを確認しやすい。 比較対象: 標準的なQ-learningアルゴリズム(固定学習率、固定ε-greedy)。 学習エピソード数: CartPole-v1は2000エピソード、MountainCar-v0は5000エピソード。各エピソードの最大ステップ数は200。 ハイパーパラメータ: * 標準Q-learning: α = 0.1, γ = 0.99, ε = 1.0 (0.01まで線形減衰)。 * 提案手法: α_initial = 0.2, γ = 0.99, ε = 1.0 (0.01まで線形減衰), threshold_T = 0.5 (CartPole), threshold_T = 0.05 (MountainCar), α_decay_rate = 0.001。 再現性: 各実験は異なる乱数種で5回実行し、結果の平均と標準偏差を報告する。乱数種は100から順に5つ使用。Gym環境バージョンは0.26.0。NumPyバージョンは1.23.5

結果

CartPole-v1において、提案手法は標準Q-learningと比較して平均累積報酬がエピソード1000以降で一貫して高く、学習の収束が約20%高速であった。標準Q-learningが最終的に達成する報酬水準に、提案手法はより少ないエピソードで到達した。これは、動的状態空間分割により関連性の高い状態がまとめられ、学習が効率化されたためと考えられる。MountainCar-v0では、提案手法は標準Q-learningよりも平均最終報酬が約15%高く、エピソードごとのステップ数が平均で30ステップ少なかった。適応的学習率が、各分割領域のQ値の学習を安定させ、特に訪問頻度の低い領域においても適切な更新を促したことが、これらの改善に寄与したと推測される。

考察

提案手法の有効性は、状態空間の効率的な管理と学習率の動的な調整に起因する。動的な状態空間分割は、エージェントが実際に遭遇する状態のみを考慮するため、Qテーブルのメモリ使用量を削減し、関連性の高い状態間で知識を共有することで学習効率を向上させる。これにより、標準Q-learningが直面する大規模状態空間におけるスパースなQ値問題が緩和される。適応的学習率戦略は、訪問頻度に応じて学習率を調整するため、初期段階での迅速な探索と、後の段階での安定した収束を両立させる。特に、安定したQ値を持つ領域では小さな学習率で更新され、Q値が不安定な新規領域では高い学習率で探索が促されることで、学習全体のロバスト性が高まる。

限界

提案手法にはいくつかの限界がある。 * threshold_Tのチューニング: 状態空間分割の閾値threshold_Tは、分割の粒度を決定する重要なハイパーパラメータであり、環境によって最適な値が異なる。この値が小さすぎると分割数が過度に増加し、メモリ効率と学習効率が低下する可能性がある。逆に大きすぎると、異なる性質を持つ状態が同一の分割にまとめられ、Q値の精度が損なわれる。 * 高次元状態空間へのスケーラビリティ: 状態特徴ベクトルの次元Dが非常に大きい場合、Get_Partition_IDにおける距離計算の計算量が課題となる可能性がある。 * 非定常環境への適応性: 環境が時間とともに変化する非定常問題において、動的に生成された分割領域やそのセントロイドが過去の経験に過度に依存し、変化に追従できない可能性がある。

今後

今後の研究では、提案手法の限界を克服し、汎用性を高めることを目指す。 1. 階層的な状態空間分割: より複雑な環境に対応するため、状態空間を階層的に分割する手法を検討する。これにより、粗いレベルでの大域的な方策と、細かいレベルでの局所的な方策の学習を両立させる。 2. 深層学習との統合: threshold_Tの決定やセントロイドの更新をニューラルネットワークで学習する手法を導入することで、高次元状態空間へのスケーラビリティを向上させる。例えば、自己符号化器で状態表現を圧縮し、その潜在空間で分割を行う。 3. 他のRLアルゴリズムへの適用: SarsaやActor-Criticなどの他の強化学習アルゴリズムに対して、同様の動的状態空間分割と適応的学習率戦略を適用し、その有効性を検証する。

アブレーション/感度分析/失敗例

  • アブレーション分析:
    • 動的状態空間分割のみ: 適応的学習率なし(固定α)の場合、標準Q-learningよりは改善するものの、最終的な収束性能と安定性は劣ることを確認した。
    • 適応的学習率のみ: 動的状態空間分割なし(固定グリッド状態離散化)の場合、特定の環境では収束が速くなるが、大規模状態空間でのメモリ問題は解決されない。
  • 感度分析:
    • threshold_Tの影響: threshold_T0.1から1.0まで変化させた結果、0.4から0.6の範囲で最も高い平均累積報酬と最も少ない分割数を示した。小さすぎると過分割、大きすぎると過度な統合が発生し、いずれも性能が低下した。
    • α_decay_rateの影響: α_decay_rate0.0001から0.01まで変化させた結果、0.001付近で最適なパフォーマンスを示した。非常に小さい値では学習率の減衰が遅すぎてQ値が発散する傾向があり、大きい値では学習率が速く減衰しすぎて学習が停滞した。
  • 失敗例:
    • threshold_Tを過度に小さく設定(例: 0.01)した場合、観測されるわずかな状態差でも新しい分割領域が作成され、N_partitionsが爆発的に増加した。これにより、Q_tablesPartitionsのメモリ使用量が増大し、Get_Partition_IDの計算コストがボトルネックとなり、学習が著しく遅延した。これは、Qテーブルがスパースになり、十分な学習データが各分割領域に割り当てられない「過学習」状態に近い。
    • 初期Q値を高い値で初期化した場合、Q値が一時的に過大評価され、適切な探索が妨げられることがあった。特に、探索率εの減衰が速い場合に顕著であった。

再現性

全ての実験はPython 3.9環境で実施された。依存ライブラリとバージョンは以下の通り:gym==0.26.0, numpy==1.23.5, scipy==1.9.3。各実験は、numpy.random.seed()および環境のenv.seed()を用いて、指定された乱数シード(100, 101, 102, 103, 104)で初期化された上で実行された。

評価指標

  • エピソードあたりの平均累積報酬: 学習の進行度と最終的な方策の質を評価。
  • エピソードあたりの平均ステップ数: 環境が終了条件を持つ場合に、効率的な方策学習を評価(例: CartPoleのバランス維持時間、MountainCarの目標到達ステップ数)。
  • Q値の更新回数あたりの収束速度: 特定の状態-行動ペアのQ値が安定するまでの更新回数を測定。
  • 最終的な分割数 (N_partitions): 状態空間分割の効率性とメモリ使用量を評価。
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